「また突然、弟だと名乗る青年が三人現れて、貴方を襲撃したらどうします?」
「嫌だ、とにかく駄目だ。断る」
「クラウドさん」
リーブは首を振ってテーブルの向かい側に座っているクラウドを制した。クラウドはそわそわと落ち着きがなく、腰を浮かせて今にも逃げ出しそうだ。
そわそわの原因は、目の前にあった。リーブのすぐ横隣、ソファの上に、銀髪の少年が座っている。原因はこの子供だった。
年のころは10才くらいで、黒いマントを羽織っている。彼の名前はクラウドも知っていた。以前、街の子供達の命を賭け、“ジェノバの首”を争って戦った、“弟達”の一人、カダージュだ。
どうしてここにいるのか、なぜ小さくなっているのか、クラウドは知りたくなかった。正直、リーブに呼び出され、この部屋に通され、カダージュを一目見た瞬間、あっしには関わりのねぇことでござんす、と、ケツを…いやエプロンをまくって逃げ出してしまおうとしたが、ドアを打ち破って帰ろうとした向こうで、ちゃっかり控えていたルードとレノに両脇を捕らえられ、そのまま引きずられてソファに座らされてしまった。人目もはばからずこういう情けない醜態を晒しても、クラウドは星一番の豪傑であり、本当ならめちゃくちゃに抵抗すれば逃げ出せたのだが、カダージュの「兄さん逃げないで!」という一言に、何故か硬直してしまって、固まったまま向かい合わされたのである。
その瞬間を待っていたのかリーブは堰を切った様に状況を説明しはじめた。
「クラウドさんお気づきだと思いますが、この子はあの、カダージュくんです。そしてロッズくんでもありヤズーくんでもあります。
簡単にご説明すると貴方に会いたくて星から帰ってきたそうです。彼らは三つ身の体と三つの精神を行き来しています。彼らを貴方に預けようと思いましてお呼びしたしだいです」
リーブが、誰も反論できず口を挟む隙もないほど簡潔に状況を説明したので、クラウドは耳をふさぐ暇もなかった。
カダージュは、長い前髪をピンで留めて、さっぱりした両眼を覗かせている。その目は邪気もなく、クラウドを一身に見つめていた。
「兄さん」
「呼ぶな」
少年の問いかけに、クラウドはにべもなく即答した。カダージュはまったく子供の様で、泣きそうな顔をして下を向いた。クラウドは、その姿に眩暈を覚えて、額を抱えた。眩暈はあまやかな、暖かい感情を伴って、クラウドの内側から湧き出してくる。
洗脳だ。どうしてそんな事をするのか、クラウドには判らないが、カダージュは兄を“呼ぶ”事で、“兄自身の庇護欲”つまりクラウドが、カダージュを可愛いと思う心を、引き出せるようだ。
「どうして?僕らこの世で二人だけの兄弟なのに」
「どうして?俺が聞きたい」
クラウドは、指を組み、膝の上に肘をのせてカダージュをにらんだ。にらまれて、カダージュは、情けないほど萎縮している。クラウドはにらむのを止めて肩をすくめた。
これでは年下の子供に無体を働く大人だ。カダージュは、クラウドが自分に怒りを向けるのを止めたのを了承ととったのか、ゆっくり話し出した。
「あのね、ここへ来れたのはね、エアリス母さんか許してくれたからなんだ。僕ね、僕」
カダージュは、言葉を切ってクラウドを見つめた。クラウドは、視線に耐え切れず、そのまなざしに引っ張られるように目を合わせた。
「あの時、僕を…抱きしめてくれた兄さんを忘れられなくて」
あの時、とは、彼の体からセフィロスが去り、カダージュが中空に放り出された時の事だろう。あの時クラウドは、どうしてだか、カダージュに駆け寄って、彼を抱きしめたのだ。
「ロッズも、ヤズーもそう」
その時初めて、カダージュはクラウドを、本当の兄だと思った。傷ついた体で、それでもしっかりと自分を支えてくれる優しい手。敵意は無く、ただ、クラウドの優しさに包まれていたあの瞬間。
カダージュの思考は、つながったヤズーとロッズに伝わり、彼らはクラウドが一緒に、“星へ還る”事を望んだのだ。
伸ばした手クラウドに届かなかったが、今なら手を握る事ができる。カダージュも、他の二人も、もっとクラウドについて知りたかった。
『それは、セフィロスを、沈静化させる、事。それにも、繋がると思う』
エアリスは三人に言って聞かせた。どうあがいても、否定しても、やっぱり三人はセフィロスの分身で、セフィロス自身とも言えた。
三人の状態から見れば、セフィロスは、クラウドを恋しがっている。それも、悲観的な意味でなく、楽観的で、とても暖かい意味で。その気持ちは、星を蝕むジェノバを調伏するのにも使えるだろう。
それに現実世界は、ライフストリームという場所と違い、偏った情報よりも、より多くの多角的情報を取り入れられる。三人は、ここにいるより現実に行くほうが何倍もいい。
ちょうど彼らには固定した肉体というものがなく、自由にライフストリームと現実を行き来できるのだから。
毒気は抜いた。本人達にも攻撃性を思わせる思考はかんじられない。エアリスは、太鼓判を押して三人をライフストリームから現実世界に送り込んだのだ。
「で、住む場所ですが…セブンズヘブンなど候補に…」
リーブが押し切ろうと言葉を挟んだので、クラウドは慌てて言った。
「に、二世帯住宅にしてくれ!」