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小説置き場

バックラ人魚姫パロ2

2
柔らかい、暖かな何かに抱かれている感覚がして、バッツは目を覚ました。
霞む視線の先に、金色の草原がある。バッツは草原に手を触れて穂を撫ぜた。随分優しい手触りだ。巨人にでもなった気分で気持ちがいい。
「ん…?」
バッツはニ、三度目をしばたたかせて、草原の穂から手を滑らせて下へ指をつたった。その下に、瞼を閉じて眠る顔がある。バッツはやっとそれが誰かの頭だと思い当たった。端正で人形みたいな顔だ。
(うわあ…)
もっと下も見てみたくて、目だけ動かして、身体を追う。木漏れ日の様な日の光が白い肌に落ちていた。上向くと、岩の隙間から日光が覗いて、その光を浴びて一本の木が岩の間から生えていた。朝だ。最後までじっくり眺めたかったが、木漏れ日の落ちた肌に触れようとした自分の、何も身に着けていない腕が目に入って中断されてしまった。
そっと手を動かして身体を改めてみると、どうやら自分は全裸で何もつけていない様だ。浅瀬に乗り上げた格好で、半身は丁度よい温かさのぬるめの水に浸されている。
隣に眠っている…女?男?も同様で、状況がよく飲み込めないが、抱きしめられている。柔らかい毛長の植物が絨毯の様に岩肌に生えている上に、二人は横たわっていた。
バッツは昨夜の事を思い出していた。嵐、見つけた溺れかけの金色遭難者、黒い海、凍える無…そして目の前で眠っているのは、紛れもなく昨夜の夜から助け出した人物だった。
(暖めてくれてたのか?)
どうやらこの金色の人は、身の凍えたバッツを胸に抱いて夜通し暖めていてくれていた様だ。そういえば、傷はどうしたのだろう。バッツは自分の服も何処へ行ったか探さなければならなかった。
上体を起こして周りを見渡す。日当たりのいい岩の上に、バッツの衣服とマントがかけてあった。樽は水際に転がしてある。どうやらこの人がここまで運んでくれたらしい。
「いやあ…」
バッツは後ろ頭を掻きながら苦笑した。運がいいというか、なんというか。助けたのか助けられたのかこれではわからない。バッツが立ち上がろうとすると、隣に寝ていた金色の人が薄目を開けた。
どくりとバッツの心臓が鳴る。金色の人はバッツが目覚めている事に驚いて、さっと自分の両目を隠した。それから岩に手をついて目にも留まらぬ速さで水面から水中に飛び込んだ。
金色の人の半身が水面へ浮き上がる。金色のウロコの先の長いシフォン生地の様な尾びれが、優雅に水面を叩いて消えた。
「!」
バッツは驚いて身を乗り出した。金色の人は、随分遠くの岩陰に隠れてこちらを伺っている。そのさらに向こうに洞窟の出口が見えた。どうやらここは入り江の洞窟らしい。
金色の人の尾びれが水面を撫ぜる。コバルトブルーの透明な水面の下にある腰から下は魚のそれだ。柔らかい絹の様な金色の下肢に光が反射して、時々群青の鱗が光る。
優雅なカーブを描く白いラインの先に大きな尾びれがあり、随分傷ついているが、その先を散らした姿すら幻想的に見えた。
「人魚…!」
バッツは夢の様に呟いて半歩足を踏み出した。水の中で踏まれた土が砂埃をあげる。人魚が、眉を顰めて、来てはいけないと言いたげに目を隠しながら首を振った。
聞いた事がある。人魚の瞳は人を惑わすのだ。自分を喪失させ、心失い、気を無くす程の眼光。その瞳と証した宝石が高値で取引されているのをバッツも見た事があった。
パッツはもう一歩人魚に向かって踏み出した。見すくめられて、身体がぐらぐら揺れるのがわかる。
「お前がここまで運んで…助けてくれたのか?」
バッツの問いに人魚は答えなかった。バッツはもう歩みを止めないで、人魚に向かって一直線に歩いていった。胸まで水につかり、その手を掴む。
人魚はぎゅっと目を瞑った。バッツはにやりと笑うと、「ラーニング」と、ちょっと得意げに呟いた。
「もう大丈夫、目を開けてくれ」
バッツは人魚の額を撫ぜた。言葉が解っているのかいないのか、人魚はうっすらと瞼を開けた。すぐにまばたきが起こり、驚いた様子でバッツの瞳を指差す。
人魚が、キュウ、という猫の様なイルカの様な驚きの声をあげる。バッツの瞳は人魚と同じく、白目の無い、瞳だけの宝石眼になっていた。
「ラーニングだよ。ものまねだ。俺の得意分野。お前の目もこれで平気だ。自分の技にしたから」
「キュー、ニャァ」
人魚が、意味が解らない。とでもいったのか、肩をすくめた。バッツは自分の瞳を元に戻すと、人魚の手を取って浅瀬まで引き返し、砂の上へどっかり腰を下ろした。人魚はすぐそばの水面でバッツを見つめている。
「キュウ、ニャ、ニャ、ニーニーァ」
バッツに向かって、人魚が話しかける。何を言っているか解らないが、必死に何かを伝えようとしているらしい。バッツが首を傾げてじっと聞き入っていると、しょうがないなと言う風に
バッツの足を掴んで開かせ、その間の砂の上に何事か書きつけ始めた。バッツは相変わらず何も言わずに見守っていたが、内心なんだかドキドキしていた。
自分の足の間でそういう事をされると、正直あんまり健全な気分にはならない。この人魚は、男なのだろうか?確かに胸は無い。でもどことなく女っぽい所もあり、良くわからない。
バッツは服を取りに立ち上がった。日当たりのいい岩の上へ干してあったので、少し潮臭いが、もうみんな殆ど乾いている。
人魚は戻って来たバッツに砂に指でかいた書きつけを見せた。横に跳ねた髪の不恰好な男とお魚が描かれている。男はお魚を助け、お魚はお礼がしたい…お世辞にも上手いとはいえない落書きだったが、大筋はわかった。
バッツはバッツで、この人魚が、人魚なのになぜ海で溺れかけて、しかも傷だらけだった理由を聞き出したかったが、どう聞いていいやらバッツには検討がつかなかった。
「とりあえず」
バッツは人差し指を立てて、自分の顔を指差した。
「俺は、バッツ」
人魚は、ああ!と手を打ち、バッツの言った事を繰り返そうと口を歪めた。二人は自己紹介が遅れていたのだった。
「オニュニャ、ニャー」
「違う違う、俺、はいらない」
バッツが顔の前で手を振る。それからもう一度自分を指差して、「バッツ」と言った。
「ニャーツァ」
「おしい。バッツ」
「ニャー」
「もうちょい。バッ・ツ」
「ニャ・ツ」
「…まあいいか」
バッツは何だかほのぼのした気分になって、人魚に笑いかけた。人魚はほっとした様子で、少し誇らしげだった。人魚はまだニャーニャー言っている。ひとしきり名前の練習が終わって、今度はバッツが人魚の方を指差した。
人魚は一瞬困ったそぶりをみせたが、上目遣いで、バッツを見つめるとややあってゆっくりと口を開いた。
「クゥァラトゥニドゥ」
「は?ク…何」
「クゥァラトゥ二ドゥ」
「クァ、クラ、んん?人魚の発音って難しいな」
「キュウ」
「クーラーウード…クラウド。こんなんでどうかな?」
「…ニャー、ニャツ、キュウ」
人魚は仕方ないなという風にフンと鼻息を吐いた。
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