視界がぐるりと一回転してザックスは眼を白黒させた。
目が覚めて、さっきからずっとぐるぐる転がされている。暗くぼやけて霞んだ視界には、確かな像は何も写らない。
(えーっと)
今は何時で、ここは何処だろう。確か自分は、死んで、大きな流れに飲み込まれて、そこから友を見守って、何百年と過していたはずなのだが。とザックスは反芻した。
見守っていたと言っても、ザックスは只の幽霊だったので、半分眠って、夢の様にトモダチの彼を見るだけで、必要な時だけ呼び起こされ目覚めるような体たらくだった。
だからその辺りの記憶は大分曖昧だ。たった今、目が覚めて、パッと思考が明瞭になった感じがする。だが、思考と裏腹に視界はずっと悪い。
(何だ何だ)
眼だけ動かして、ザックスはきょろきょろ辺りを見回した。何が何だかさっぱりわからない。視界は明転と暗転を繰り返し、回されたり傾いたりし続けている。
そういえば、神羅時代の任務で樽に入れられたまま延々と転がされた事があったなあと懐かしく思い出す。全然記憶も大丈夫だ。
(よし)
何だかまあ前向きになって来て、兎に角何かに触れてみようと、ザックスは腕を動かそうとした。
(あれ?)
腕の手ごたえがさっぱりない。それどころか、よくよく考えると首の下からの感覚がまったく無かった。これは大事だ。脊髄を損傷したかも。
ソルジャーだし、こういう怪我だってザックスはへっちゃらだったが、回復には時間を要するだろう。何よりこうやって弄くりまわされ続けるのはどうにかならないのだろうか。
ザックスは口を空けて、オイ、何処のどなたか知らないが、今すぐ弄くるのを止めろ。と言った。言おうとした。言おうとしたが、まるで首から下がそっくり無いみたいに、言葉はうめき声にしかならなかった。
「あっ」
水の底から響く様な遠くから、感嘆の声がした。ザックスの視界が静止し、動転が収まる。金色の影が、視界いっぱいに映りこんでいた。
ふいに影が動いて、何かで何かを指した。赤い染みの様なものが、視界の真ん中でぷつりと浮かぶ。ぼやけた眼で見ると、何だか薔薇の花みたいで綺麗だ。
と思う間も無く、口をこじ開けられて、何か生暖かいものが舌の上に突き入れられた。指だろうと思われた。味わったことのない妙な感覚の液体が、喉の奥へと滑り落ちる。
水の様に滑らかで、うめき声しか上げられないひりひりした喉に心地よかった。突き入れられたものが指なら、この水は血だろうか。
その時ザックスは、自分の喉がとても乾いている事に気がついた。乾いて痛いくらいだ。ザックスは思わず指を吸って、水を飲む様にそれを啜った。
目の前の金色がにっこり笑っている。さっきと違って、輪郭と、唇があるのがわかった。同時に視界が段々開けてきて、一口飲む度に像が確かなものになって行く。
完璧に視界が戻った時、口の中から指かそっと退いた。もっと味わいたくて、ザックスは慌てて追いかけ舌を出そうとしたが、唇を押さえられてそれは叶わなかった。
ザックスは視線を上げて、自分の唇を優しく捉えている白い指から腕、顔へその焦点を当てた。白い顔に蒼い両目が潤んで光っている。周りを飾る奔放に跳ねた金髪を揺らして、その人がザックスを呼んだ。
「おはよう…」
「ク…」
名前を呼ぼうとして、抑えられた指の間から吐息が漏れた。ザックスがいつまでもグズグズとして星に帰らなかったのは、ガールフレンドの助っ人とする為だけじゃない。
トモダチを待つ為だった。逢いたくて、逢いたくて、でも合間見える事は出来なかった。ザックスは死人で、彼は生人だったからだ。
それでも星に溶けず待ったのは、何百年経っても、再会したかったからだ。トモダチで、親友で…それから恋人だった、クラウドに。
金髪の男がザックスに向かって微笑んだ。涙の溜まって潤んだ瞳から涙が零れ落ちる。暖かい涙が頬に落ちて、ザックスは目を輝かせた。
白い指が唇を離れ、両手がザックスの頬を捉えて、挟み込んだ。それから感極まった様に頭を胸に抱いた。ザックスは、抱きつかれながら男の名を呼んだ。
「クラウド…」
「うん…」
応えるクラウド膝の上に長い黒髪が乗せられて、片手がそれを梳き、頬ずりする。ザックスは、今度こそ腕を掲げて見ようとした。ゆっくりと動かすと、感覚があった。
今度は問題なく上がるようだ。腕をあげて片手でクラウドの頬に触れる。クラウドが眼をつむり、その手のひらにキスをした。大粒の涙が真珠の様にぽろぽろ零れる。
ザックスは暫く、それらが自分の腕をつたって行くのをぼんやり見ていた。涙はそのままの形で、丸く冷たくなっていた。凍っている。手の縫い目に凍りついた涙が、凝っていた。
ぎょっとして、ザックスはクラウドの頬に自分の手を宛がったまま目をむいた。
ザックスの腕には色が黒ずみ、まるで死骸のそれだ。その表面には針と糸で縫い合わせたであろう繋ぎ目があり、部分部分で色が奇妙に異なっていた。
頭をもたげて、身体を見る。色の悪い肌に何本も継ぎ目があり、足の先まで細部ずれ無く綺麗に縫い止められていた。ザックスは全裸で、赤や青のコードが所々彼の肌に差し込まれている。
ザックスは身体をひねって、丸まった。折角再会したのにフルチンじゃあ格好がつかない。身体を隠そうと空いている方の腕を持って来ようとした時、それが付け根からぽろりと落ちたので、慌ててクラウドが腕を抱き寄せる。
それから彼はきちんと正座して、その腕を縫いつけ始めた。彼の片手には針と糸が握られていて、器用に腕を付け直している。どうやらさっき回されたり上向かされたり傾けたりされたのは首を縫い付けていたから、らしかった。
ザックスは愕然と自分の腕が繋がっていくのを見守っていたが、肌を刺されているのに痛みは無い。ザックスはますます驚いてクラウドに尋ねた。
「何じゃこりゃ?!」
クラウドが、今度こそしっかりと腕を縫い、糸を結ぶ。それから照れくさそうにもじもじして、言いにくそうに頭をかいた。
「あのうー…そのー…」
どうにも歯切れが悪い。解ってた。クラウドはそういう子だよな、うん。いつもクールで冷静な彼だが、ザックスを前にしてはこんな感じだ。またたびに酔った猫の様に可愛くなってしまう。
(そういう所が大変可愛いんですが、さておきこれって、もしかして)
ザックスはうーんと唸りながらちょっと焦った。これはなんか、ホラー映画とかで見た事ある展開だぞ、まさか、まさかですが…自分は、ザックス・フェアは。
「これもしかして、ゾン、ビ…とかいう、あれ?」
「ごめん…」
「マジで!?」
クラウドがすまなさそうに、ザックスに逢いたくて…と眼を伏せて呟いた。そのいじらしい姿にザックスの半身が熱くなる。いやいや、逢いたいってクラウドくん!解るけど、こういう蘇生法試してどうするの!?とザックスは目で訴えた。
大体肉体とかどこから…なんかちょっとホルマリン臭いし。意識するとすごく臭って来た。腐ったらどうしよう。そういえば周りが随分寒い気がする。エッチな事は出来るのだろうか。あっ大丈夫っぽいけど。大丈夫っほいが、だがしかし。
「イイけどさ。イくなくない?これ…?」
「イくないけど、イイ…かな」
(イくないが、イイとは)
言い方がちょっと卑猥っぽい。いやそうじゃない。取り繕う様に「ちゃんとネクロマンシーのジョブマスターして、死者蘇生してますし…」とクラウドが頬を掻いた。どこでそんなんならってきたの。というか切羽詰りすぎ!そんなに逢いたかったのか。
(俺もだけど!)
ザックスはもう、しみじみしていいのか喜んでいいのか、泣いていいのか怒っていいのかわからなかった。とりあえず継いで貰った指先で、クラウドの頭を撫でてみる。
クラウドが、安心しきった表情でまた笑う。その顔を見て、ザックスも笑った。
「ザックス」
「おう」
ああもう、なんでもいいや。また逢えたんだし。こうやって触れ合えたんだし。ゾンビだろうがなんだろうが。
(もう、それだけでいいや)
ザックスは眼を細めて、クラウドの金髪を丁寧に撫ぜた。クラウドが、ザックスの耳元に屈みこんだ。
「アンタの身体…今はまだ安定しないけど、俺の中の細胞も、身体も分けるから、段々元の生きてるザックスに戻るよ…それまで俺とここで…ええっと…」
囁かれてそわそわと肌が栗立つ。随分扇情的なやり方だと思って、耳元へ眼を向けると、クラウドは真っ赤になって言いよどんでいた。こいつう、恥ずかしいからって顔隠したな。ていうか身体分けるってなんだ一体。
上気した頬と顰められた眉に、孤独に耐え切れずこういう無茶苦茶な事をしてしまった事への反省と、告白にザックスが承知してくれるかおっかなびっくりおどおとしているのが見て取れた。
「ん?一緒に?」
「うん…。暮ら…暮らさない…か…?」
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後半に続く
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なんか短いアホエロをと思って書きましたゾンビ好き