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小説置き場

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バックラ人魚姫パロ3

入り江の洞窟での暮らしは暫く続いた。
持ってきた役立たずの樽の中には、少しばかりのギルと、水のたっぷり入った水筒、ミスリルナイフ、ポーション、干し肉、リンゴのヌガーと、蝋燭、水で壊れたテント、それから濡れて使えなくなったひそひそ草が納まっていた。ひそひそ草は外国のもので、結構珍しい。
この樽の本来の持ち主は、リックスからこっそり逃げ出す算段でもしていたのかもしれない。バッツは砂浜から土を取って、ひそひそ草を乾いた場所に植えてみた。通信は出来ないが、レーダー代わりくらいにはなるかもしれない。
どの位流されたか正確には計算できないが、兎に角、あまりじたばたしてもはじまらない。バッツが海へ漕ぎ出していけそうな木材と言ったら樽と、後ろに生えた生木だけで、切れるものと言ったらミスリルナイフ一つっきりだ。バッツは既にジョブマスターだが、武器がなければ技は正確に使えない。
周りを見渡しても、イカダにするには木材が少なすぎる。乾いた木材は火起こし用にとって置いた方がいい。
リックスでは今頃、バッツが居なくなって大騒ぎだろう。バッツには海を知り尽くした心強い友もいる。その子が、今彼を探しているに違いなかった。病身の父も心配だ。木に負けるのは、昔の冒険を思い出して何だかちょっと嫌だったが、無闇に海へ出て行くより座して待つ方が早く帰れそうだ。
それにあの人魚…クラウドが、逐一界や魚を届けてくれるので、存外食うのにも生活するのにも困らなかった。
(しっかしこの入り江…)
バッツは木の枝に結わえ付けたテントの下で嘆息した。これで結構暮らしやすい。日当たりも良く、風通しもいい。寝転がるテントをしつらえて、樽を机に干し肉齧ってればちょっとした隠れ家にいる気分だ。
そんな気分で食事していると、クラウドが不思議そうに干し肉をみていたので、試しにご相伴してもらう事にした。バッツは浅瀬まで下っていって、岩の上に座っているクラウドの前に肉の欠片を差し出した。
「食ってみる?」
クラウドはちょっと眉を顰めて、少しの逡巡の後、それを両手にとって一口齧った。目が泳いで、口がもぐもぐ動く。切れ端を噛んでのみ込んだ彼は、めをしばたたかせて一声「キュウ」と呟いた。
顔つきを見るに結構美味しかったらしい。予想してたけど、人魚って結構肉食だ。彼は残りを少しずつ口に運んでいる。バッツは頷いて、クラウドの横に腰を下ろした。
クラウドはちょっとびっくりした様だったが、そのまま逃げようとはしなかった。二人は並んで、ちょっとの間一緒に食事をした。すっかり元通り綺麗になった尾びれが、足元でゆらゆら揺れている。
それを見て、バッツは少し華やいだ気分になった。日の光に照らされて、鱗がキラキラ輝いている。綺麗だった。置かれている状況は悪かったが、旅は道連れだ。連れが居ると心和んだ。
もう彼は3日程ここにいた。普通なら本当に救助が来るのかちょっと不安になってくる時期だが、クラウドがいてくれてお陰で、バッツは結構のほほんとしている事が出来た。
「そうだ」
バッツはズボンのポケットを探って、そこから光る物を取り出した。それは碧い宝石のついた、金縁の指輪だった。自分用に持っていた物だ。食事をし終えたクラウドが、何をするのか横目でバッツを見つめている。バッツはにっこり笑ってクラウドの手を取ると、その薬指に指輪をはめた。
「守りの指輪。持ってけよ」
クラウドは顎を上げると、口をへの字に曲げた。それから今度は俯いて、手を眼前に持ってくると困った様子で指輪とバッツを交互に見つめる。反対側の指先が伸びて、指輪を外そうとする。
「おおっと、つけとけよって、いいから。一番良いアクセサリなんだ、これ」
バッツは慌ててそれを推し留めると、自分を指差して、両手で指輪のついたクラウドの手を握った。目を合わせて、これはお前にあげたんだ、と訴え掛ける。
見すくめられて、クラウドはしどろもどろに視線をそらした。それから、ぷいっとそっぽを向く。金髪の間から見える耳が少し赤い。
(あれ…照れた?)
バッツは口元に手を当てた。にやにや唇が吊りあがる。この人魚、笑わないし、あんなり表情ないから、そういう生き物だと思っていたけど、どうやらそれはクラウド自身の問題だったらしい。
(意外と可愛い所あるんだなあ)
クラウドは、バッツの手を振りほどくと、ちらりと彼を一瞥して、ぶっきら棒に何事か呟いた。ありがとう、とでも言っているのだろうか。バッツは何だかドキドキして、自分まで小声で「どういたしまして」と言った。
その日の夜は更けて、とっぷりと日が暮れた。暫くその水辺でぶらぶらしていたクラウドは、一度水面から顔を上げると、バッツに向かってちょっと手を振った。“見張りに行く”合図だ。
クラウドは夜目が利くらしく、真夜中になると出かけて行って、外敵が近寄らない様に入り江の周りを見張ってくれている。
誰が頼んだ訳でもないが、結構勇敢なタチらしい。良く見ると体にも引き締まった筋肉がついていて、戦士なのかも知れなかった。そうなると、夜の海で溺れていたのは何故だろう。
そもそもあんなに傷だらけだったのはちょっとおかしい。“彼”なのか“彼女”のどっちなのだろうか。“彼”っぽいから、彼と呼ぶが、それでも疑問ばかりわいてくる。バッツは篝火に焚いていた火を消すと、横になって、じっと洞窟の入り口を見つめた。
入り口には、クラウドがいた。彼の髪が、月明かりを反射して、水面うつる。まるで金色の光が踊っている様だ。バッツは、水面に映ったその光を瞼の裏にしまい込んで、マントに包まり浅い眠りに落ちていった。
目が覚めると、既に空が白んでいた。洞穴の上に開いた穴から、日が昇ろうとしているのが見えた。明け方だ。バッツは半身を起こして浅瀬を見た。クラウドが帰って来ている。
彼は砂浜に横たわり眠っていた。バッツはちょっと考えて、立ち上がると、そっと彼の元まで歩み寄って、その直ぐ傍にしゃがんだ。クラウドは良く眠っている様子で、目覚める気配はない。
バッツは黙って彼をじっと観察した。ちょっと鱗が剥げていたので、モンスターか何かと小戦あったみたいだ。なにも毎晩見張らなくていいのに、彼はこうやって、バッツの眠りを守ろうとしてくれている。
(律儀だなあ)
交代するとか、伝えられたら良いのに。というか離れず居てくれるだけでも良かったのだ。遭難者は、それで十分助かる。勿論頼んだ訳で無し、止める由もない。
(どうしてこんなにしてくれるんだろう)
バッツは頬杖をついてクラウドの顔を見つめた。閉じた瞼に金の睫毛が見える。人魚にも、人間と同じように睫毛があるみたいだ。筋の通った、小さな鼻梁、唇、細い輪郭、細い首、白い肩、その先の腕。上半身は人間と変わらない。
(下って魚と同じなのかな)
首を擡げて、バッツはクラウドの腰から下を見た。揺れる水面に浸かっていて、どうも良くわからない。腕をまくり、手を伸ばして触れてみる。撫でる鱗は繊細で暖かい。
「ふむ」
少し思案した後、バッツは身を乗り出して、指先をクラウドの腰の裏へ進めた。人と同じ尾てい骨がある。クラウドがくすぐったそうに身動ぎした。
「ん」
その先に触れた途端、ぱっちりと開いた蒼い瞳と目が合った。
「あっ」
まだぼんやり夢の中にいる様子のクラウドの視点が、ゆっくりと定まってバッツを見た。それから体の後ろへ首を捻る。彼の喉がごろごろ唸って鳴った。
バッツはそっと手を放して、拳銃を突きつけられでもした様に肩まで掲げた。気まずい。触ってしまいました。お尻。
視線を戻したクラウドは、眉根を寄せて、何してるんだコイツ、妙な所を何故触る。という様な視線をバッツに投げかけている。何されたか解っていないのか、寝ぼけているのか、どっちだろう。
「あーあの、触っちゃった、お…」
バッツが言いかけた時、クラウドが、急に手をついて半身を起こした。
クラウドが、耳をそばだてて辺りを見渡す。バッツは遠くから、波をかき分けて船の近づいてくる音を聞いた。
船の先頭が洞窟の外にぬっと姿を現す。甲板に、髭を蓄えた初老の男と、男物の服を身に着けた女性が立っていた。バッツは眩しそうに目を細めた。
それから、その二人が友達で、救助が来たのだと解ると、目を輝かせて二人の名前を呼んだ。
「ガラフ!ファリス!」
「おおーい!バッツ無事か!」
老人が手を振る。バッツも立ち上がってニ、三歩歩み出ると、笑顔で手を振り替えした。
「クラウド、あれが俺の仲間…」
バッツは振り帰ってクラウドを呼ぼうとした。
そこには、誰も居ない砂浜が広がっていた。
4へ続く
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バックラ人魚姫パロ2

2
柔らかい、暖かな何かに抱かれている感覚がして、バッツは目を覚ました。
霞む視線の先に、金色の草原がある。バッツは草原に手を触れて穂を撫ぜた。随分優しい手触りだ。巨人にでもなった気分で気持ちがいい。
「ん…?」
バッツはニ、三度目をしばたたかせて、草原の穂から手を滑らせて下へ指をつたった。その下に、瞼を閉じて眠る顔がある。バッツはやっとそれが誰かの頭だと思い当たった。端正で人形みたいな顔だ。
(うわあ…)
もっと下も見てみたくて、目だけ動かして、身体を追う。木漏れ日の様な日の光が白い肌に落ちていた。上向くと、岩の隙間から日光が覗いて、その光を浴びて一本の木が岩の間から生えていた。朝だ。最後までじっくり眺めたかったが、木漏れ日の落ちた肌に触れようとした自分の、何も身に着けていない腕が目に入って中断されてしまった。
そっと手を動かして身体を改めてみると、どうやら自分は全裸で何もつけていない様だ。浅瀬に乗り上げた格好で、半身は丁度よい温かさのぬるめの水に浸されている。
隣に眠っている…女?男?も同様で、状況がよく飲み込めないが、抱きしめられている。柔らかい毛長の植物が絨毯の様に岩肌に生えている上に、二人は横たわっていた。
バッツは昨夜の事を思い出していた。嵐、見つけた溺れかけの金色遭難者、黒い海、凍える無…そして目の前で眠っているのは、紛れもなく昨夜の夜から助け出した人物だった。
(暖めてくれてたのか?)
どうやらこの金色の人は、身の凍えたバッツを胸に抱いて夜通し暖めていてくれていた様だ。そういえば、傷はどうしたのだろう。バッツは自分の服も何処へ行ったか探さなければならなかった。
上体を起こして周りを見渡す。日当たりのいい岩の上に、バッツの衣服とマントがかけてあった。樽は水際に転がしてある。どうやらこの人がここまで運んでくれたらしい。
「いやあ…」
バッツは後ろ頭を掻きながら苦笑した。運がいいというか、なんというか。助けたのか助けられたのかこれではわからない。バッツが立ち上がろうとすると、隣に寝ていた金色の人が薄目を開けた。
どくりとバッツの心臓が鳴る。金色の人はバッツが目覚めている事に驚いて、さっと自分の両目を隠した。それから岩に手をついて目にも留まらぬ速さで水面から水中に飛び込んだ。
金色の人の半身が水面へ浮き上がる。金色のウロコの先の長いシフォン生地の様な尾びれが、優雅に水面を叩いて消えた。
「!」
バッツは驚いて身を乗り出した。金色の人は、随分遠くの岩陰に隠れてこちらを伺っている。そのさらに向こうに洞窟の出口が見えた。どうやらここは入り江の洞窟らしい。
金色の人の尾びれが水面を撫ぜる。コバルトブルーの透明な水面の下にある腰から下は魚のそれだ。柔らかい絹の様な金色の下肢に光が反射して、時々群青の鱗が光る。
優雅なカーブを描く白いラインの先に大きな尾びれがあり、随分傷ついているが、その先を散らした姿すら幻想的に見えた。
「人魚…!」
バッツは夢の様に呟いて半歩足を踏み出した。水の中で踏まれた土が砂埃をあげる。人魚が、眉を顰めて、来てはいけないと言いたげに目を隠しながら首を振った。
聞いた事がある。人魚の瞳は人を惑わすのだ。自分を喪失させ、心失い、気を無くす程の眼光。その瞳と証した宝石が高値で取引されているのをバッツも見た事があった。
パッツはもう一歩人魚に向かって踏み出した。見すくめられて、身体がぐらぐら揺れるのがわかる。
「お前がここまで運んで…助けてくれたのか?」
バッツの問いに人魚は答えなかった。バッツはもう歩みを止めないで、人魚に向かって一直線に歩いていった。胸まで水につかり、その手を掴む。
人魚はぎゅっと目を瞑った。バッツはにやりと笑うと、「ラーニング」と、ちょっと得意げに呟いた。
「もう大丈夫、目を開けてくれ」
バッツは人魚の額を撫ぜた。言葉が解っているのかいないのか、人魚はうっすらと瞼を開けた。すぐにまばたきが起こり、驚いた様子でバッツの瞳を指差す。
人魚が、キュウ、という猫の様なイルカの様な驚きの声をあげる。バッツの瞳は人魚と同じく、白目の無い、瞳だけの宝石眼になっていた。
「ラーニングだよ。ものまねだ。俺の得意分野。お前の目もこれで平気だ。自分の技にしたから」
「キュー、ニャァ」
人魚が、意味が解らない。とでもいったのか、肩をすくめた。バッツは自分の瞳を元に戻すと、人魚の手を取って浅瀬まで引き返し、砂の上へどっかり腰を下ろした。人魚はすぐそばの水面でバッツを見つめている。
「キュウ、ニャ、ニャ、ニーニーァ」
バッツに向かって、人魚が話しかける。何を言っているか解らないが、必死に何かを伝えようとしているらしい。バッツが首を傾げてじっと聞き入っていると、しょうがないなと言う風に
バッツの足を掴んで開かせ、その間の砂の上に何事か書きつけ始めた。バッツは相変わらず何も言わずに見守っていたが、内心なんだかドキドキしていた。
自分の足の間でそういう事をされると、正直あんまり健全な気分にはならない。この人魚は、男なのだろうか?確かに胸は無い。でもどことなく女っぽい所もあり、良くわからない。
バッツは服を取りに立ち上がった。日当たりのいい岩の上へ干してあったので、少し潮臭いが、もうみんな殆ど乾いている。
人魚は戻って来たバッツに砂に指でかいた書きつけを見せた。横に跳ねた髪の不恰好な男とお魚が描かれている。男はお魚を助け、お魚はお礼がしたい…お世辞にも上手いとはいえない落書きだったが、大筋はわかった。
バッツはバッツで、この人魚が、人魚なのになぜ海で溺れかけて、しかも傷だらけだった理由を聞き出したかったが、どう聞いていいやらバッツには検討がつかなかった。
「とりあえず」
バッツは人差し指を立てて、自分の顔を指差した。
「俺は、バッツ」
人魚は、ああ!と手を打ち、バッツの言った事を繰り返そうと口を歪めた。二人は自己紹介が遅れていたのだった。
「オニュニャ、ニャー」
「違う違う、俺、はいらない」
バッツが顔の前で手を振る。それからもう一度自分を指差して、「バッツ」と言った。
「ニャーツァ」
「おしい。バッツ」
「ニャー」
「もうちょい。バッ・ツ」
「ニャ・ツ」
「…まあいいか」
バッツは何だかほのぼのした気分になって、人魚に笑いかけた。人魚はほっとした様子で、少し誇らしげだった。人魚はまだニャーニャー言っている。ひとしきり名前の練習が終わって、今度はバッツが人魚の方を指差した。
人魚は一瞬困ったそぶりをみせたが、上目遣いで、バッツを見つめるとややあってゆっくりと口を開いた。
「クゥァラトゥニドゥ」
「は?ク…何」
「クゥァラトゥ二ドゥ」
「クァ、クラ、んん?人魚の発音って難しいな」
「キュウ」
「クーラーウード…クラウド。こんなんでどうかな?」
「…ニャー、ニャツ、キュウ」
人魚は仕方ないなという風にフンと鼻息を吐いた。
3へ

バツクラ人魚姫パロ1

1
リックス城は、厚く垂れ込めた曇天の空の下、荒れ狂う海の上を飛んでいた。
横殴りの雨と雷雨を纏った暴風の吹き荒れる中で、城の塔上に掲げた旗が引き千切られそうにはためいている。城塞都市として作られたこの国は、周りを競り上がった壁に囲まれ、
それ自体が城の体を成す。巨大な城は山と森と河を内包し、家々はその敷地内でちょっとした大きさの村を形成していた。グラビガを浮力として移動する浮遊都市国家リックスは、元々旅の流れ者や商人達で構成された国だ。
もとあった「リックス」という村の土地を地面から深く切り取り、土地ごと固めて浮遊させ旅を始めたのが最初の発祥だ。
以後都市国家リックスは様々な土地に立ち寄り、一定の秩序の元自由な商いと旅宿が提供されていた。だからあまり大きくない。所謂、法や兵や階級の少ない都市国家だ。その分近隣諸国との摩擦も少ない。それ故にこの国は栄え、いつも商い人や大道芸人、吟遊詩人や旅人で溢れ返っている。
しかし、普段は活気あるこの村も、今は市も立たず、家々は戸口を締め切り、人っ子一人姿はない。浮遊城は嵐の真っ只中にいた。ちょっと妙なのだ。城付きの予言士も天候を間違えたくらいだ。それでこんな進退窮まる事態に陥っていた。
暗い豪雨の下で、カンテラの灯が微かに光った。バッツは片手にそれを掲げ持ちながら、雨具が変わりのマントを頭からすっぽりかぶって城壁の縁を早足で歩いていた。
勿論、皆寝静まった後である。こっそり抜け出して来たのだ。バッツは城付きの予言士の一人だった。予言士と…後複数役職を持っているが、今この嵐の時は予言士としての役割が一番重要だった。
天候予測の予言はほぼ十割勝率がある。バッツは生半な予言士なので、良く間違うが、リックスにいる予言士達が拠ればまず「今日のお天気」を外す事はない。今日この海は快晴で、水面に映る夜空の星も眩しい静かな夜になるはずだった。
(変だ)
バッツは城壁の縁から身を乗り出すと、硝子丸盤付きの真鍮ランプを掲げて海面を照らした。闇夜が染み込んだ黒い波が渦巻くように蠢いている。予測が外れるという事は、何処か外界からの変動が自然の理に影響を与えているという事だ。
病身の父は、寝台の上から村人に言った。とにかく今夜は、皆眠ろう。天候が荒れ始めたのは日が暮れてからで、原因を探る暇も何も無かったのだった。海からみるみる内に黒雲がわき、嵐は浮遊城を取り巻いた。
バッツがやっているのは、自主的な見回りだ。嵐で眠れなかったし。こう言う日は駄目と言っても、どうしてか田圃を見に行く、じい様なんかがいるものだ。波は高く、海沿いの畑は既に浸水していた。浮遊城の内部は土を積みゆるい丘の様な作りになっており、外から見るより隙間が多い。
これ以上の浸水はしないだろうが、海沿いの畑を見にいってうっかり足を滑らせたら命を取られる。海に落ちたら助からないだろう。
(不注意で死ぬのも自己の責任だけど、未然に防げたらそれに越した事は無いよな)
バッツは硝子の丸盤の位置をずらすと、ランプを城壁の下へ向けた。何もいない。ほっと溜息をつきかけた時、視界の端に何か赤いものが見えて、バッツはランプを担いでそちらへ灯りを動かした。
「血だ」
照らされた水面には血の筋が浮いていた。まだ新しい。鮮血だ。照らされた朱色は瞬く間に波に飲まれていく。バッツは急いでその後を追おうと硝子の丸盤を上向けた。ランプの中で光るファイアの魔法に力を籠める。いっそう照らす先が明るくなって、水面から反射した金色の光が硝子に当たりバッツ思わず目を眇めた。
金色の光に当てられて目がチカチカと酩酊する。瞬きをしながらもう一度照らす先を見ると、波に飲まれかけた金髪と、白い両手がひらひらと頼りなげにばたついている。何かをつかもうともがいているのか、溺れるその身体はもう頭髪と指の先以外海中に沈みこんでいた。
「人間だ!」
バッツは一声叫ぶと、腰布を解いてそこにあった樽に結わえ付け、それと一緒にそのまま海へ飛び込んだ。飛沫が飛び、冷たい夜の海が身体を包む。目を開けると、周りは真っ黒な水中だ。しまった。命綱を忘れた。ていうか浮力にするつもりだった樽が重い。致命的な失敗。だが飛び込んだからもう遅い。気を取り直して、水面に上がる。
水面に顔をだしたバッツは直ぐに泳ぎ出した。冷えた海流の塊を掻き分け、体中に纏わりつくあぶくを振り切るように、バッツは溺れるその人に向かってどんどん泳いで行く。両手を伸ばして、白い腕に手を伸ばす。
「掴まれ!」
白い人はもう顔を上げる気力も無いのか、波に攫われるように流されて行く。バッツはもう一度大声で叫んだ。
「掴まれ!」
白い人が顔を上げる。白い手が震えながら右往左往して、その指の先端がバッツの指先に触れた。バッツはそれを逃さなかった。ぎゅっと掴んだ指を握りこみ、抱き寄せる。
夜の冷たい海にさらされたであろう白い人の身体は、冷えて色を失っていた。止め処なく降る雨にあたっても頬や首筋が変にまだらなのは、そこから血が出ているからだろう。どうやら足も動かないらしい。さっきからぴくりともぱたつかない。
白い人はぐったりと目を瞑ったままバッツに身を任せている。バッツは泡を食ってその人の頬を叩いた。
「おい、起きてくれ!死ぬな!眠っちゃ駄目だ!」
バッツはその人を抱きかかえたまま、波をいなして魔法を唱え始めた。口の中に雨粒が飛び込む。嵐の中で詠唱の声が嫌に大きく響きわたった。
「起きてくれ!ケアルガ!レイズ!アレイズ!」
白い人の周りに魔法が集まる。青白いの癒しをもたらす光の煌めきが起こり、生命を取り戻す天使の幻影が指を振った、白い人が身動ぎする。バッツは安堵して後ろを振り返った。
「!」
そこに何も無かった。髪を振り乱して、辺りを見回してバッツはゾッとした。浮遊城の影は最早泳いで帰れない程に小さくなっている。バッツが見ている間に、大きな波が視界を遮り、その姿は完全に海の向こうへ消えてしまった。思っていたより流されてしまった様だ。三方は暗い闇そのもので、何も無い。無だった。
無。無は怖くは無い。怖くはないが、このまま泳ぎ続けてはいられない。ふとバッツは、自分の身体が予想以上に凍えている事に気がついた。夜明けはまだまだだ。
(いやまだだ)
浮遊魔法を使ったら、ぎりぎり城まで帰れるかもしれない。何時まで浮き続けていられるだろう。
白い人が顔を上げたので、バッツはまた視線を戻した。
その人の腕がバッツの肩に回され、金の睫毛に縁取られた瞳が開く。バッツは驚愕して目を見開いた。金色の睫毛の下の瞳には白目がなく、宝石を填め込んだ様な蒼く両眼が光っていた。
その瞳がじっとバッツを見据えた時、意識はぶっつりと途絶えて消えた。
2へ

お題 バツクラで「クラウド、俺の寝顔見ただろ」上

バッツは最近気になる事がある。
その一、この生き物一匹いない世界で、なんと動物を発見してしまったのだ。
そのニ、なんとなんとその動物は、ふさふさのしっぽと立派な毛皮の灰色狼だった。
その三、なんとなんとなんと、そいつは何故かバッツにしか見えない変な幽霊狼だった。
その四、それから時々子供の走り回る足音が聞こえて…
と、まあ沢山種類があるが、まとめて言えば、ずばり気になるのはクラウドの事だ。
事の発端は“ものまね”からはじまった。調和の神コスモスと混沌の神カオスが争うこの世界で、バッツとクラウドの二人はコスモスの戦士の一員として名を連ねていた。
でも、ただそれだけの事だ。コスモスの戦士は12人で、初めて全員が顔を合わせた時、クリスタルを探せとコスモスに告げられてみんな最初は独自に行動していた。
それからすれ違いと合流があって、戦士達は自然と小さなグループ分かれて行った。クリスタルは独自に求めよ、というのがコスモスの言葉だったが、集まった方が敵に襲われた時も連携がとれるし、便利だったからだ。
結局戦士達は、所謂パーティーの様なものを構成して協力し合いながら探索をするようになった。どうせ帰る所は同じ聖域なのだし、まあこういう事になるだろうな、とバッツは薄々予測していた。
バッツは、同じ戦士で年下の、スコールとジタンと一緒にパーティを組んだ。結局戦う時はほぼ一人だが、仲間が増えれば旅は楽しいし、三人ってなんだか懐かしい感じがして気に入っていた。
件のクラウドは、別の戦士達と行動している様子だった。セシル、ティーダ、フリオニールだ。この四人パーティーとはすれ違いがあまりなく、クラウドに至っては途中で離脱してしまった様子で、別の場所に一人でいたり
ティナ、とオニオンナイトという一番年少と思われる二人と行動しているのもちらりと見かけた。だけど、駐屯地の聖域で集まる時以外、接触した事はあまりない。
仲間だけれど、ちょっと疎遠な感じだった。仲間だけど、少し遠い存在だ。彼自身がこちらの戦士達を仲間と思っているかも、バッツは少し疑問だった。
みんなのまとめ役である、ウォーリアーオブライトが参謀代わりに呼べは、クラウドは素直にそちらへ行って意見を述べる。彼はスコールやティーダと同じくらい幼く見えるが、ああ見えて仲間内では年長の部類なのだ。
バッツはクラウドに年を聞いた事は無いが、何となく、同い年か、一つ二つずれたくらいの年の差だと思う。多分当たっているだろう。元居た世界で長年各地を放浪した経験の賜物だ。
皆、元いた世界の記憶を失ってはいるが、知識は脳内に残されている。だからわかるのだ。クラウドは軍役の経験もあるらしい。ライトもクラウドの意見を取り入れたり、時にはセシルを交えて三人で議論したりする。
その間バッツは他の年少の戦士と遊んでいる。遊んでいるというか、まあその通りなのだが、常に戦いに身を晒されている彼らの精神状態や、緊張をほぐしてやるのは、反場暗黙の了解でバッツの役目だった。
年少の彼らはコスモスに選ばれた戦士といえど、まだ子供なのだ。ティーダはカオス側に酷く対抗心を擽られる男…多分父親…がいる様子だし、ジタンもそうだ。飄々としているがカオス側にいる“兄”の身を案じているみたいだ。
フリオニールは常に何かしらの焦燥感を抱いて、頑張ろう頑張ろうといつも肩を張っている様子だし、ティナは自分の気持ちが自分で読めず、どう力を使ったらいいかわからない。オニオンナイトはがむしゃらにティナを守ろうとして、空回りしている印象を受ける。スコールは、クールな所がクラウドにちょっと似ていると思う。でもクラウドと違うのは、一人になりたがるが、本当は心で他人に向かって沢山沢山しゃべっている所だ。
スコールには納得できなければ拒否をする強固な所がある。クラウドもそういうものを持ち合わせているようだが、何だか少し妙だった。「冷静で現実的に判断を下す牽制役」と皆クラウドを評するが、バッツがふっと目をやると、彼の両足が宙に浮いてるみたいに感じる。刈り込んだ金髪の後ろ髪の下から見える首筋は触れたら脆く崩れそうに白々としていて、何だか風景に溶けそうで、背中から向こう側が透けて見えそうだ。
時々、彼は何処にも居ないのではないかと思う。ふわふわしていて、おぼつかない一面がある。そうかと思えば冷徹な雰囲気になったり、何故かは解らないが、急にぐっと子供染みた感じの印象になる事もある。
つまり掴み所がないのだ。セシルにもそう言う所があるが、クラウドよりセシルの方が随分と“食えない”感じがして解りやすい。
クラウドは、何と言うか、色んな種類の珠がついた首飾りみたいだ。別々のものが数珠繋ぎになっていて、その中の一つが急に弾かれて、音を立てて飛び上がる。
糸が浮き、その時々で“首飾り”の様相は微妙だか確かに変わる。発する音は彼の声だ。今はまだ聞き取れないが、何か互いに囁きあっている風にも思える。子供の声、大人の声、青年の声、他にも沢山。でもそれらはしっかり離れずに、混合してクラウドという一人の男を形成している。
バッツ自身も変な例えだと思うが、バッツがクラウドを観察して得たのはそういう感覚だった。感覚は大切だ。思わぬ所で現実の事実と合致したりする。だからバッツは、おおむね自分の感覚を信用していた。
疎遠なクラウドに、バッツが声をかけたのはそのせいでもあった。皆で卓を囲んでとった夕食の後、バッツは鍛錬も兼ねて一人一人の技を“ものまね”させてもらう事にしていた。
“ものまね”はバッツの得意技の一つだった。寸分違わず他人の技をトレースして、自分のものにし、組み合わせ自在に操る。元の世界ではもっと別の戦い方もしていた気がするが、この世界でのバッツの主な戦法はそれだった。
「クラウド」
バッツが声をかけると、クラウドは食器を持ったまま顔を上げた。今日の片付け当番はティナとクラウドで、丁度最後の一枚を片付け終わった所だったのだ。
クラウドは最後の食器を仕舞うと、ティナと二言三言会話して、それから互いに別れた。クラウドが柔らかい動作で緩く手を一回振ると、ティナがちょっと微笑んで、天幕の方へ戻っていく。
ティナが天幕へ入ったのを確認すると、クラウドはバッツを振り返った。さっきの穏やかな感じがまだ少し残っている。彼はその表情のまま、バッツに聞き返した。
「“ものまね”か」
バッツがニ、三度瞬きする。なんだ、言おうとしてた事ばれてたか。クラウドは嫌がると思ってばかりいたが、別にそれほど嫌悪の雰囲気は感じられない。
「いつ来るか待ってたからな」
「ん?」
みんなの天幕がはってある聖域から少し外れて、戦いやすい荒野へ移動しながら、クラウドがぽつりと言ったので、バッツは耳を傾けて返事をした。
「俺が最後だしな、アンタが“ものまね”してないの」
「あー」
そう言えばそうだった。とバッツは間延びした返事をした。仲間を一人一人つかまえて習得するバッツの“ものまね”巡業紀行は、一応ぐるりと円を描いて既に8人済んでおり、クラウドが終点で終わりだった。
「待っててくれたのか?」
「うん」
クラウドが急に子供っぽい受け答えをしたので、バッツはちょっと嬉しくなって頬を緩ませた。クラウドがバッツの隣を歩きながら続けて言った。
「9人全員の技を揃えておけば、誰かに何かあった時、代わりに対応が効くからな。バッツの戦闘の癖も少なくなって、これでイミテーションを倒す能率が全体的に上がると思う」
「あ、そうなの」
なんだ、とバッツは肩をすくめた。別にバッツの為だけに待っていた訳ではないのだ。ちょっと残念…ではあるが、いやいや、このクラウドという男は仲間に興味ないのかと疑っていたが、実際、合理的に仲間思いなのかもしれない、徹底した平等主義は、さすが軍人と言うべきだろう。しかし、誰でも平等に好きというのは、少し淋しくないだろうか。クラウドの基準は未だに良くわからない。ひょっとしたら彼自身、それを探しているのかもしれない。
(もし、って憶測して考えてみたら、大切で手放せない仲間がいるって時、クラウドなら必死でそいつの為に行動すると思うんだけどな)
ただ今、その人物がいないから、彼はどこか浮いて幽界を彷徨っているように見えるのだ。
そんな気がした。
クラウドは、戦う事が好きじゃないのかも知れない。いや、戦う事に疲れているみたいにみえる。だから意味がいる。戦う意義がいる。
意味とか意義とか、考えても仕方が無いので、バッツもつとめて思わぬようにしているが、突然別々の世界から強制的に連れて来られ、記憶まで取り上げられて劣勢状態で戦えとは、召喚した神の言い分でもまったくアンフェアだ。この切迫した状況で、どうして?なぜ?意味は?とか、疑問は害にしかならないとしても、誰一人として神の言葉を疑わず、受動的に信じきってよいものだろうか。それこそ神様のチェス駒だ。そんなの全然自由じゃない。口には出さないが、バッツも時折思う。でもクラウドは違うのだ。クラウドはただこの戦いをあてどなく続ける事に納得がいかないのだ。そして戦う理由も失っている。
確証はある。クラウドの雰囲気は何か大切なものを失って、人生の目的を喪失した人に酷似していたからだ。そういう人をバッツは知っている。多分、元の世界で見た事があるのだと思う。
(というか、無自覚天然で「待ってた」とかいうんだなあ)
なんだかクラウドってやっぱり不思議な奴だ。今肩が触れ合いそうな程近くにいるが、あんまり接近して見ると、長い金の睫毛や繊細な鼻梁や、ぽっちりした口元は、ともすれば女の子みたいに見える。
こりゃあ若い頃は随分苦労したんだろうなあ、こんな場面で素直すぎる物言いしたら変に期待されて危険だよ、と心の中でひとりごちながら、バッツは薄目になって眉を上げた。
暫く二人で歩いて、バッツがゆっくり立ち止まった。クラウドも横でぴったり止まる。横顔がバッツを見つめていた。バッツは親指を立てて顎をしゃくると、にっと笑ってクラウドに問いかけた。
「この辺でする?」
クラウドが無言で頷く。少しだけ雰囲気に緊張感が走って、クラウドがバッツから離れて行く。随分離れてから、彼は背負った大剣を手にとって、片手に携えた。剣先はまだバッツの方を向いていない。
どうしたのかと首を伸ばして待っていると、クラウドは片手で剣を持ったまま、開いた方の片手を口元にもって行き頬の横に当てると、ちょっとブーツのかかとを上げてバッツに向かって声を張り上げた。
「行くぞっ」
大声になって、少し擦れたクラウドの声が、手のひらを拡声器代わりに反響してバッツに届く。バッツは思わず歯を見せて笑みを零した。クラウドって、妙に可愛い仕草をする。子供の様な相貌も相まって、その仕草がぴったり合ってしまう。これも無自覚なのだろうか。
(だったら相当タラシだなあ)
バッツが自前の武器であるブレイブブレイドを片手に出現させて握り締めた。この世界では、自分の武器は念じるだけで自身の手の中に現われる。クラウドもしまっておけば良いのに、さっきまで背負って歩いていた。全然重くなさそうだった所がまたおかしい。
クラウドが両手で大剣を握り締めてバッツに構える。息を吐いて、金髪の下の瞳が眇められるのが見えた。バッツも腰を落として剣を向ける。と言っても彼がとらなければならない事は、“ものまね元の技を受けて覚える”事だった。今回剣はあくまで防御と往なして回避する用途だ。
(あれ?)
“首飾り”が揺れている感じがする。クラウドがいっそう腰を深く落とし、地を蹴り上げた。跳躍を応用した突き技だ。バッツの方を向いた切っ先が、寸分のぶれなく真っ直ぐに飛び込んでくる。
「だっッ!」
ブレイブブレイドの赤い剣身が大剣の下へ滑り、寸での所で突きを剃らす。だがすぐに体勢を立て直したクラウドが間髪を入れずにバッツ目掛けて矢の様に剣を穿って行った。力任せの早業で、無茶苦茶な猛攻だ。一投目は剃らせたが、ニ度目と三度目は剣で自身を防御するしか余裕が無かった。剣と剣がかちあい火花が散る。大剣の重量が剣を伝わってバッツの両腕を振るわせた。
でもこれで技前の大方の所作は、わかった。あんまり素直で単純で直接的だったからだ。でも、この技はなんだかクラウドっぽくない、荒っぽい技だ。
(こんな戦い方する奴じゃないって思ってたけどッ)
クラウドが剣先を下げた。また地を蹴ってその反動を使い剣を縦一文字に切り上げる。バッツは身を仰け反らせてそれをかわした。頤に刃風が飛び、頬の横が切れる。振り切った大剣が光を遮って、陰になる。クラウドの表情は伺い知れない。視界の先で、黒い髪が揺れた。
(えっ)
つんつんした黒髪が剣の向こうを掠める。クラウドの身体にぶれて、虚像になってその男が重なって見える。クラウドより長い髪、クラウドより大きな体躯だ。脳天を目掛けて大剣が振り下ろされ、バッツは慌てて自分を守るように剣を構えなおした。
大剣の先に押された剣ごと自分の身体が吹き飛ばされて、バッツは両足を地面に強く擦り付けたまま滑るように後退した。バランスを崩しそうになって体がよろめく。
「うわっち!」
バッツは破顔しながら顔をあげた。視線の先に見えたのはいつもの金髪だ。クラウドだった。あの幻の様な黒髪の男は消えていた。
(なんだったんださっきの)
今までの“ものまね”ではこんな事は起こらなかった。バッツはかぶりをふって口の端を上げた。何にせよ楽しい。久方ぶりにゾクゾクとした高揚感を感じてクラウドに向かって走り出す。
クラウドはまた跳躍して飛び上がり、大剣を逆手に持って振り下ろす。バッツの目がキラリと光って、細い剣が赤い閃光の様に舞った。左腕に衝撃が走る。大剣が地面を穿ち、刃風に切り裂かれてバッツの腕にぱっくりと傷が開いた。その傷を見て、クラウドが一瞬怯んで身を引く。その瞬間を逃さずに、バッツの剣先がクラウドの喉元を捉えた。
「とったあぁ!」
バッツが満面の笑みで叫ぶ。赤い剣先は、クラウドの喉元寸前で止まっていた。
「…ッ…!」
「あは、ラーニング、完了」
バッツが剣を振るって自分の腰下へ下げる。それは仕舞われる様に光の粒になって消えた。クラウドは暫くじっと身動きせずバッツを見つめていたが、ややあって地面から大剣を引き抜くと、溜息をついて頭をたれたまま上目遣いにバッツを見た。
「…ものまねするのに抗戦っ気すなよ」
「はは、ごめん!すっごく楽しくてさあ」
クラウドは持っていた大剣を仕舞うと、バッツに駆け寄って腕を取った。ポケットから青い小瓶を出し、栓を抜いて腕に振り掛ける。ポーションだ。
「ん?」
「腕を切っちゃったじゃないか!」
「んん~?」
バッツが首をかしげてクラウドを見つめた。傷がすっと癒えていく。相当深くやられたから、多分内部が治るまでちょっと時間を要するだろう。まあそれも別にいいとバッツは思った。“ものまね”はきっちりしたし、クラウドの技はもうバッツのものだ。
「すまない」
クラウドは治った傷口をすまなさそうに一瞥すると、手袋を片方外して、素手でポーションの内液を手にとると、指を伸ばしてバッツの頬の傷を撫ぜた。さっきまで半分本気で急所を狙われていたのに、すぐ何の躊躇も無くこうやって駆け寄ってくる。全然戦士らしくない。その時バッツは気がついた。
そういう奴なのだクラウドは。気を許したら、寸前まで殺気を向けられていても、相手の傷を心配する様な奴。
「クラウド」
呼びかけに答えてクラウドがバッツと目を合わせた。瞳が揺れて、バッツの姿が映りこんでいる。バッツは何だか本当に楽しくなって、腕を上げて頬にあてがわれているクラウドの指を握り締めた。お互いの指を絡めたまま、バッツの腕がクラウドの腰に伸びて、自身に抱き寄せる。
一瞬、クラウドが咄嗟に目を瞑るのが見える。バッツは少し屈んで、微笑みながらクラウドの唇にキスをした。
「!」
クラウドが驚いて目を見張る。ちゅっと音がして、すぐバッツの唇がクラウドの唇から離れた。クラウドの顔がかっと赤くなる。目が泳いで、腕がへんな動きで何順か彷徨った後、ようやくバッツの腕を自分の身体から引き剥がして、口元を押さえてあとじさった。
「…なにするんだよ」
「キスしちゃったんだよ」
クラウドは何ともいえない妙な顔をして、何かもごもご言おうとしている様だったが、やがて諦めて、ぽつりとつぶやいた。
「わけがわからない」
「俺もわかんない」
バッツがオウム返しにそう言うので、今度はクラウドが首を傾げる番だった。肩をすくめて首を振る。お手上げのポーズだろう。キスの事はとりあえず横に置いておくことにしたらしい。
「出来たのか、ものまね」
取り繕うようにクラウドが尋ねる。バッツはウインクして、動く方の片腕を上げると、そこへ大剣を生じさせた。ずっしりとした重さが圧し掛かってくるが、ものまねの状態なら扱えるのだから便利なものだ。
「バスターソード、だろこれ。で、さっきの技が、クライムハザード」
「…良く出来ました」
「わーい」
バッツは子供の様に声を上げて、クラウドにもたれ掛かった。じゃれ付くバッツにまた困惑したクラウドが身を捩って眉根を寄せる。
それでもバッツが離れないので、クラウドは根負けして聖域へ戻る為歩き出した。
「あんた…きっと戦闘で興奮してるんだ、帰るぞ」
「うーん、一理ある。してるかも」
「してるのかよ。帰るぞ」
「ああー腕が痛くて歩けない~」
「それってすごく非論理的だ…」
また並んで歩きながら、二人は聖域へ帰っていった。何だか悠然と帰り着いてしまったが、帰等した時のライトの大目玉ったらなかった。彼は怒鳴りこそすらしなかったが、
曰く、“ものまね”習得は重要な事だが、今までバッツがこんなに深手を負って帰って来た事はない。傷つく事を恐れてはならないと言ったが、余計な事で自分から傷つかないでよろしい。
技を覚える前に身体を壊してしまってどうするのか。我ら10人一人も欠けていてはならないのだ。欠番休養となれば迅速な治療が必要である。というようなお小言がタップリ二人を待っていた。
「面目次第もない…つい俺も本気を出してな…まさか腕が上がらないくらい切れるとは…」
バッツと一緒に正座させられたクラウドが、すまなさそうに言った。
ライトは仲間割れなぞないと戦士達を信じているが、みんな暴走しやすいのもまた認めている。その抑止力だったクラウドがこういう有様なので、心配しているのだろう。
もしかして、不器用にしかものの言えない父親ってこんな感じかな、とクラウドは思った。というより軍の上官に似ている。とびっきり優しいが。
そんな事を思っていると、クラウドの腕を肘でこづいてバッツがひそひそ耳打ちした。親父みたいだなライトは。などというから、また小言が増えた。
「帰りが遅いのでみな心配していた。バッツは腕3日は使わぬようにし早急に治すのだ。クラウドは治るまで付き添う事。以上だ」
大反省会が終わり、クラウドは立ち上がって下がろうとしたが、バッツの叫び声に阻まれた。どうやら正座をした事があまりない様で、足が痺れてしまったらしい。
「ああもうなんだってこんなことに…」
「ううう、オルトロスの電撃より効くぜこれは…!」
バッツを引っ張りながら、クラウドが天幕へ入っていく。ライトはそれをこっそり見送っていた。
元々クラウドは、自分を抑えてやらねばと思いこんだ事に従事してしまう傾向があり、単独行動が多くなっていた。ライトは、彼には仲間の前に友人が必要だと思っていた。怪我の巧妙であったが、バッツと接近しこのように打ち解けられたのは良い事だ。
あんなに小言を言ったが、我々はコスモスの戦士、よほどの怪我でも直ぐに治ってしまう。バッツの腕の傷も例外ではない。付き添うというペナルティは、クラウドにはよい灸に、いや悩みを払拭させる手立てになるかもしれなかった。
バッツの足が天幕の中へ消えた。ライトはうむと一つ頷いて、自分も天幕の中へ戻っていった。
下に続く